プロフィール
1985年、早稲田大学理工学部卒業。1987年、同大学大学院修了後、三菱電機株式会社で衛星通信、携帯電話、ITSなどの無線通信技術の研究開発に従事。英国リーズ大学客員研究員を経て、2010年より東北大学電気通信研究所教授。無線通信、RFIC、高周波・ミリ波・マイクロ波、衛星通信などを専門とし、6Gをはじめとする次世代ワイヤレス通信や衛星通信技術の研究に取り組む。IEEE日本カウンシルChair、日本学術会議URSI-C分科会委員長、電子情報通信学会マイクロ波研究会委員長などを歴任。
KDDI財団の審査委員として助成・表彰事業の候補者を評価していただいている、東北大学電気通信研究所 末松憲治教授に、ご自身の研究の内容やKDDI財団の助成・表彰事業への思いや期待などをお話しいただきました。
無線通信の「土台」から考える
――先生の研究されている分野は、どのようなことでしょうか?
私の研究分野は無線通信です。無線通信というと、スマートフォンやWi-Fiなどを思い浮かべる方が多いと思います。これらは地上に設置された基地局などを利用する「地上系」の無線通信です。一方、「Starlink」のように衛星を利用する無線通信を「非地上系」と言います。私たちの研究室では、この両方を扱い、地上系と非地上系を融合した無線通信装置やシステムの研究に取り組んでいます。
私は大学に来る前、メーカーで携帯電話やETC、人工衛星に搭載する通信機器などの研究開発をしていました。その経験もあり、研究室では「ハードウェアに立脚して無線通信全体を考える」ことを大切にしています。
――ハードウェアの開発からしているということですか?
通信システムは、ICや無線機のハードウェアなどの「物理層」、その上の「ネットワーク」、さらに「アプリケーション」と、いくつものレイヤー(層)から成り立っています。私たちは一番下の「物理層」から始めます。学生自身がICを設計し、それを使って無線機を作り、さらに「この無線機ならどんな新しいシステムができるか」と考える。一番下から積み上げていくほうが、通信全体を理解できると思っています。
無線機を、もっと自由にする。
あまのじゃくな発想
――現在、先生が取り組んでおられる「デジタルRF」とは、どのような技術ですか?
従来の無線機には、デジタル回路とアナログ回路があります。半導体の微細化が進み、デジタル回路は非常に小さく、高性能になりました。ところが、電波を扱うアナログ回路は、同じようには小さくできません。
そこで、従来はアナログで行っていた処理をできるだけデジタル化し、デジタルとアナログを変換する位置をアンテナの近くまで持っていこう、というのが「デジタルRF」の考え方です。
デジタル化が進めば、周波数や通信方式などをソフトウェアで設定できるようになります。たとえば専用のワープロはワープロとしてしか使えませんが、パソコンならソフトを変えることでさまざまな用途に使えますよね。無線機もそれに近づけようとしているのです。
従来の無線機では、デジタル信号を早い段階からDAC(デジタル・アナログ・コンバーター)でアナログに変換し、それをアンプで増幅してアンテナから送信します。アンテナからDACまでがかなり離れているため、アナログ回路で処理する部分がとても多くなります。一方、デジタルRFの技術では、アンテナとDACをできるだけ近づけ、デジタル回路で処理する部分を多くすることができます。受信についても同様に、受け取ったアナログ信号をできるだけアンテナに近いADC(アナログ・デジタル・コンバーター)でデジタル化し、デジタル処理ができる部分を増やすことができます。
――先生は従来と違った発想でデジタルRFを研究されていると聞きました。
デジタル信号をアナログに変換するとき、一般にサンプリング(読み取って変換する)周波数の2分の1より低い領域を使うとされてきました。例えば、2GHzのサンプリング周波数なら1GHzまでの周波数のアナログ信号を扱えるとし、それより高い周波数には使いませんでした。
でも私は、「本当に使えないのだろうか?」と考えました。そこで信号の扱い方を工夫してみると、サンプリング周波数の2分の1より高い周波数領域のアナログ信号をデジタル信号から直接変換して、使えることがわかってきたのです。
従来の無線機で高い周波数の信号を作るためには、別の信号と掛け合わせる「ミクサ」というアナログ乗算回路を使います。しかし、工夫によってデジタル的に周波数変換を含めて行うことができれば、ミクサを使う必要もなくなります。アナログ回路が1つ減れば、それだけ小型化できますし、コスト削減にもつながるでしょう。
普通なら「使わない」とする信号を、逆に積極的に利用する。私にはそういうあまのじゃくなところがありますね(笑)。
いつでも、どこでも「つながる」ために
――今後、どのような研究に取り組んでいきたいですか。
今、特に関心があるのは「非地上系」の衛星通信です。現在、低軌道衛星(LEO)を使った通信が急速に広がっています。低軌道衛星は地上との距離が近いため、従来の静止衛星より通信の遅延を抑えられます。
私たちは現在、複数の方向へ同時に電波を送ることのできる衛星搭載用アンテナなども研究しています。従来は一つのビームを高速に切り替えていましたが、私たちが研究している方式では、異なる信号を異なる方向へ同時に送ることができます。
さらに、近年は災害だけでなく、安全保障の観点からも、特定の通信システムだけに依存しない「セキュアでレジリエント」な通信網が重要になっています。地上系と衛星系を組み合わせ、何が起きても通信を確保できる仕組みをつくる。その中で、私たちの技術を役立てていければと思っています。
――先生の研究は、私たちの生活にどのような恩恵をもたらすでしょうか?
一つは、デジタルRFの技術によって通信機器をより長く使える可能性が広がることです。現在は4Gから5G、さらに6Gへと通信方式が変わるたびに、それに対応するハードウェアが必要です。みなさんもスマートフォンを買い替えた覚えがあるのではないでしょうか。しかし無線機のソフトウェア化が進めば、一定の範囲では機器そのものを交換せず、ソフトウェアの更新によって新しい通信方式に対応できるようになります。
特に基地局や工場設備、自動車など、寿命が長く、交換が大変な機器では大きなメリットがあります。設備更新のコストを抑えるだけでなく、同じ機器を長く使うことで資源消費や廃棄物を減らすことにもつながります。
もう一つは、地上系と非地上系を組み合わせることで、通信を「途切れにくくする」ことです。東日本大震災では、基地局や光ファイバーが被害を受け、地上の通信網が使えなくなった地域がありました。そのようなとき、衛星通信は重要な通信手段になります。
普段はもちろん、災害時にも「いつでも、どこでも、つながる」環境に近づけていく。通信は今や生活を支えるインフラですから、そこにも私たちの研究の意義があると考えています。
――KDDI財団の助成・表彰事業の審査委員をされています。審査の際に心掛けていることはありますか?
新規性や独創性、そして「これから伸びていく人か」という点を重視しています。言ってみれば、なるべく「原石」に近い研究者を見つけ、成長を後押ししたいという気持ちです。
大学の研究者であれば、論文や被引用数など、ある程度客観的に評価できる指標があります。ただ、今はそれだけではありません。大学発ベンチャーなど、研究成果を社会実装につなげようとしている人も増えています。アカデミックな成果と、技術を社会へ届けようとする挑戦。その両方をバランスよく見ながら、「この人はこれから面白くなりそうだ」という可能性を拾い上げたいと思っています。
大切なのは、単に「これから挑戦します」ではなく、実際に一歩踏み出していること。「ここまでやってみた。その先にこんな可能性があるのではないか」というものを見せていただきたいですね。
――KDDI財団の活動にどのようなことを期待されますか?ご意見、ご要望などありましたらお聞かせください。
KDDI財団の審査委員は、理系と文系の先生が一緒に審査するところが面白いと思います。理系だけで議論していると、どうしても技術的な評価に偏りがちですが、文系の先生方と一緒に審査すると、法制度や社会の仕組み、人間にとっての価値など、自分とは違う評価軸に触れることができます。
新しい技術も、作れば終わりではありません。それを社会でどう使うのか、法律や制度をどう整えるのかまで考える必要があります。異なる分野の先生方と議論できることは、私自身にとっても大変勉強になっています。
この助成・表彰事業は、アカデミックな研究だけでなく、社会実装やベンチャー、さらに文系・理系という垣根を越えた研究まで、幅広い挑戦を拾い上げていく。そうした場として、これからも発展していってほしいですね。