助成・表彰事業を通じて研究者の交流が深まり新たなイノベーションの創出へ

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 教授
KDDI財団 審査委員

眞田 幸俊 さなだ ゆきとし

プロフィール

1992年、慶應義塾大学理工学部電気工学科卒。1995年、カナダ・ビクトリア大学大学院修了。1997年、慶應義塾大学理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。2011年より現職(2020年、慶應義塾大学理工学部電子工学科より名称変更)。Beyond 5G/第6世代移動通信システム(6G)/非直行多元接続/MIMO/など、信号処理をベースとしたブロードバンド無線システムの研究に従事。松代真田氏14代当主として、真田家ゆかりの町、松代の文化の普及・広報に努めるという別の顔も持つ。

KDDI財団の審査委員として助成・表彰事業の候補者を評価していただいている慶應義塾大学の眞田教授に、ご自身の研究の内容やKDDI財団の助成・表彰事業への思いや期待などをお話しいただきました。

次世代の無線通信を
いかに効率よく実現するのか

――眞田教授の研究分野の中で、特に力を注いでおられるのは、どのようなことでしょうか。

現在取り組んでいるのは、次世代の移動体通信の信号処理についてです。特に、電波をどのように加工して送信するか、電波を受け取ってどう処理をするかを研究しています。

インターネットサービスの高度化に伴い、無線通信で利用する周波数帯(超短波やマイクロ波)は限界を迎えています。しかし、新たな周波数帯「ミリ波」の利用に当たっては、波長が短く、遠くに送ることができなという課題がありました。

2020年に実用化された5Gでは、多素子アンテナを用いることで「ミリ波」の伝送距離を延ばす方法がとられています。電波というのは従来、電球のように全方位的に送るものでしたが、それをサーチライトのように1つの方向にビームを当てることで、より遠くまで送ることができるようになるのです。

多素子アレーアンテナ
多素子アレーアンテナは、サーチライトのようなビームによってデータの送受信が可能。これによって5Gではミリ波を実用的に利用することができるようになった。
多素子アレーアンテナ
さらに複数の基地局を利用することで通信の品質を向上できる。

こうした伝送方法は、以前からあったものですが、さまざまな制約事項ある中で、できるだけ大量の情報を電波で送ったり、受け取ったりするにはどうすればよいか。それを突き詰めていくと、無線リソースの割り当てや経由する基地局の選定など、たくさんの組み合わせが出てきます。そこから効率の良い方法を模索する、いわゆる組合せ最適化問題に行き着くのです。

――具体的にはどのようなことを、されているのでしょうか。

例えば、無線の送信機にはある種の不完全性があることがわかっています。電波ができるだけ歪まないように、多数のアンテナから送るにはどうすればいいのかというのも、進めている研究の1つになります。

また、複数の人に電波を送る場合、どういう順番で、どれくらい長い時間ビームを送ると不公平がないかという研究も行っています。単にデータをたくさん送るだけであれば、一番近い人だけにビームを当てればいいのですが、それでは遠くにいる人が電波を受け取れずに困ってしまいます。だからといって遠い人に電波を送ることを優先すると、電波は遠くに送るほうが大変ですから、システムとして使い物になりません。この兼ね合いをどうするのかということも研究しています。

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 眞田 幸俊 教授
すでに無線通信は6Gの時代。私の研究室で考えたアルコリズムが実際の無線通信システムとして実用化されることを期待しています」

子ども時代の好奇心が
将来の道を作るきっかけになる

――この夏、慶應義塾大学とKDDI財団の共催で、夏休み科学実験教室を開催しました。そのご感想をお話しいただけますか。

7月の末に、夏休み科学実験教室「Raspberry PiとScratchでロボットを動かそう!」を、本学の新川崎タウンキャンパスが入る川崎市の産学交流・研究開発施設「AIRBIC」で開催しました。ロボットの組み立てからプログラミング、動作実験までを子どもたちに体験してもらうもので、当日は親子9組18名が参加してくれました。自分の作ったものを実際に動かすことで、子どもたちは楽しさや達成感を味わったようです。

Scratchでプログラミングする様子。
Scratchでプログラミングする様子。
慣れない工具を使いながらロボットを組み立てた。
慣れない工具を使いながらロボットを組み立てた。
講義の様子。
講義の様子。
完成した走行ロボット。
完成した走行ロボット。

元々私が無線通信の道に進んだのは、父親がブラウン管テレビを自分で修理しているのを見て「すごいなぁ、よく直せるな」と思ったことがきっかけでした。それから無線通信に興味を持つようになり、小学校からアマチュア無線を始めました。それ以来、今までずっと無線通信の研究を続けています。

小学生くらいの時期に、「あぁ、面白いな」「なぜ、こうなるのだろう?」と好奇心をかき立てられた経験は、将来の自分の進路を決める材料にもなると思うのです。今回のイベントを通して、何人かでもロボットやICTに興味を持ってもらえたらうれしいですね。

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 眞田 幸俊 教授
「やってみると、準備が意外と大変で(笑)。途中でいろいろなアクシデントがありましたが、来年はもうちょっと上手くできるかな」。当日に向けて半年前から準備を進められたとか。

熱い物語が伝わってくる
研究を応援したくなる

――KDDI財団の助成・表彰事業の審査委員をされています。審査の際に特に注目するのは、どのようなところですか?

助成事業については、申請書から伝わってくる熱量が重要だと思っています。「助成を受けられたら、こういうことをしたい」「これを成し遂げたい」という強い気持ちと、実現していくストーリーが感じられる研究を応援したくなります。

また、表彰事業「KDDI Foundation Award」には、「社会の持続的発展に役立つこと」という要件があり、その点が他のAwardとは一線を画している部分だと思います。ICTに関する表彰制度ではありますが、より多くの分野から応募していただくことを期待しています。

――KDDI財団の助成・表彰事業について、印象に残っているエピソードなどがありますでしょうか。

実は、審査委員を引き受ける以前、私自身がKDDI財団の助成を受ける立場だった時に、強烈な印象として残る出来事がありました。

2010年にKDDI財団の国際会議開催助成に採択していただき、2011年の6月に横浜で国際会議を開催する予定でした。ところが、同年3月に東日本大震災が起こり、会議の予定を全て組み直すことになったのです。震災直後は震源地と離れた横浜でも余震を懸念する声があり、バンケット会場も急遽関西に変更せざるを得ない状況になっていました。

しかし、すでに会場として予約していた横浜のホテルにキャンセル料が発生し、困ってKDDI財団に相談したところ、予期できなかった災害によるやむを得ない事情として助成対象にしていただくことができたのです。これは、本当にありがたかったです。

――今後のKDDI財団の助成・表彰事業に、どのようなことを期待されますか。

KDDI財団の助成事業は、国際関係、文化事業、研究事業など、幅広い分野を対象としているところが特徴です。今後は、それぞれの研究者や団体同士が交流をさらに深め、有機的なつながりができるよう一層支援していただけるといいのではないでしょうか。そこから何か新たなものが生み出されていくことも期待したいですね。

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 眞田 幸俊 教授
「助成の審査をする時に、1番大切にしているのは、その人の熱量です。人に言われてなんとなく申請するのではなく、これをやるぞという強い意志があると、それはこちらにも伝わってきます」

松代真田家当主としての
もう一つの活動

――話は変わりますが、眞田教授は最近歴史に興味を持たれているそうですね。ご自身が松代真田家14代当主というお立場にあるからでしょうか。

私は小学校からアマチュア無線に夢中で、歴史にはあまり興味がありませんでした。ですが、立場上歴史の話をする機会がよくあります。歴史好きの方というのは、本当によくご存じで、質問されてもこちらが即答できないこともあるのです。それで調べているうちに、だんだん面白くなってきました。

いろいろ学んでみると、昔の武士たちも現代のサラリーマンとよく似ていると感じます。あちらの上司とこちらの上司の間で悩んだりするのは、今も昔も同じなのですよね。年齢を重ねていくと自分の人生と重なるようなところもあって、「そうだよな。わかる、わかる」と共感できるようになりました。

眞田教授は15歳の時に松代真田家の当主となった。イベントでは甲冑をつけて馬に乗ることも。
眞田教授は15歳の時に松代真田家の当主となった。イベントでは甲冑をつけて馬に乗ることも。
真田家と所縁のある人たちが集まる「真田会」。眞田教授は、ここでは「殿」と呼ばれるそうだ。
真田家と所縁のある人たちが集まる「真田会」。眞田教授は、ここでは「殿」と呼ばれるそうだ。

2022年は、真田家が松代藩主として上田から移って400年の節目でさまざまなイベントがありましたし、これからも当主として地域に貢献していきたいと思っています。

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 眞田 幸俊 教授
「大河ドラマ『真田丸』が決まった時は、うれしかったですね。真田家の遺した功績や文化を後世に語りついていくことも、私の役割です」
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