5年後、10年後を見据え大きく羽ばたいていく人材発掘の入口にしたい。

相模女子大学人間社会学部 教授
KDDI財団 審査委員

湧口 清隆 ゆぐち きよたか

プロフィール

一橋大学在学中にフランス・HEC経営大学院へ交換留学、2001年に一橋大学大学院単位修得退学、「博士(商学)」取得。2000〜2004年、(財)国際通信経済研究所研究員。2004年より相模女子大学に勤務。2011年より人間社会学部教授。2008年より4年間社会マネジメント学科長を務める。研究分野は、交通経済学、情報通信の経済学、経済政策(主に、都市公共交通、地域活性化、周波数割当て、動物園・水族館、外航クルーズ客船誘致などの分野)。これらの研究をもとにした商品開発などにも取り組む。自ら“追っかけ”と名乗るほど、無類のカワウソ好き。

KDDI財団の審査委員として助成・表彰事業の候補者を評価していただいている相模女子大学の湧口教授に、ご自身の研究の内容やKDDI財団の助成・表彰事業への思いなどをお話しいただきました。

人は、何に価値を感じ、
何に対価を支払うのか

――湧口教授の研究されている分野は、どのようなことでしょうか。

私の研究分野は大きく分けると、「希少な公共資源の配分問題」に関する研究と「公共財・価値財の供給メカニズム」に関する研究です。

このように言うとわかりにくいですが、例を交えて説明していきましょう。

まず、「希少な公共資源」の例として、無線周波数や空域、空港発着枠、道路などが挙げられます。どのような方法で割当てを行えば、社会にとって最も価値ある使い方ができるのかを研究しています。

周波数の配分でいえば、周波数オークションがしばしば議論に上がります。限りある帯域の利用権を諸外国のようにオークション形式で割り当てるという考え方がある一方で、わが国では事実上、先着順が一般的になっています。このような配分、割当て方法の違いは、資源特性や取引関係の違い、あるいは人々の価値観の違いなど、いったいどのような要因に基づくのでしょうか。そこに関心を持って20年来研究を続けています。

現在取り組んでいる研究として、公共安全LTE(PS-LTE)をどのように構築していくのかという問題があります。

公共安全LTEとは、災害現場で警察や消防などの公共安全機関が共同で利用する無線システムのことです。ここでは常に無線周波数の配分が議論になります。事故や災害が起こらず、公共安全LTEを使わずにすむのはいいことなのですが、「普段は使わないのに、周波数を割り当てる必要があるのか」という考え方もあるわけです。つまり、私たちが「使われないこと」にどれだけの価値を見出すのか、それに対して人がどれくらいの支払いをしてくれるのかという問題が出てきます。このことが2つ目の研究テーマにつながってきます。

相模女子大学人間社会学部 湧口 清隆 教授
「無線周波数と同様に、航空機の発着枠や道路なども、混雑した場所では先着順で割り当てられています。限りある公共資源をどのように配分するのか、そこにどのような秩序があるのかを紐解き、どのような供給メカニズムにつなげていくのかを考えます」

――では、「公共財・価値財の供給メカニズム」とは、どのようなことでしょうか。

経済学では、ある人には必要でも、別の人には不要と考えられてしまうような財を「価値財」と言います。そういうものを供給する、残す・残さないという判断は、実際の利用の際に見出す価値だけではなく、存在することや残すことの価値を含めて、全体として判断される必要があると考えています。さらに、価値あるものならば、普段利用しない人たちにもその供給や維持・存続に自発的に協力してもらえるのではないかという点に注目しています。

私がもともと経済学の分野に興味を持ったきっかけは、赤字ローカル線の問題でした。社会的な価値はあるはずだけれど、乗る人が運賃を支払うだけの「受益者負担」が前提では経営が成り立たない。赤字が続けば路線が廃止されてしまいます。しかし、普段は鉄道を使わずに自家用車で移動している人たちも、いずれ高齢になって免許を返上すれば鉄道を利用するかもしれません。その時に、路線がなくなっていてもいいのかという問題もあるわけです。

もちろん路線を維持・存続させるためには財源が必要です。そこで、「オプション価値」と呼ばれる将来の利用可能性に対する価値を負担してもらうメカニズムをどのように作っていくのかを研究し始めました。

私自身が最近関心を寄せているのは、観光列車の導入による「オプション価値」や「存在価値」の顕在化です。そこから発生する便益と費用負担との関係から、持続可能な供給メカニズムを検討するというものです。

通常はその路線を利用しないお客さまに「美しい景色を眺め、車内でおいしい食事を楽しみながら乗れますよ」などと、これまでとは異なる利用価値を提供することで、どのような効果があるのでしょうか。外部から多くのお客さまが訪れることで沿線の住民や企業が鉄道の価値に気づき、さらに観光客誘致のために花を植えたり、清掃に協力したり、なんらかの寄付をするなど、自発的にどのような協力をするのか。そういうものをトータルに考えてみると、実は「利用価値」で測られているものはほんのわずかで、それ以外の「非利用価値」に相当大きな支払いの可能性というのがあることがわかってきます。

赤字ローカル線に限らず、航空路線や道路、過疎地域の問題、さまざまな公共施設なども同様に、経営的に赤字だからと言って切り捨てるのではなく、きちんと負担するものは負担していただく。そこまでのメカニズムを検討した上で、廃止する、しないという判断する必要があると思っています。

相模女子大学人間社会学部 湧口 清隆 教授
「例えば、古い鉄道車両を残すためのクラウドファンディングなども、利用しないものに費用を支払う一例です。支払う人たちは何に対して価値を見出しているのか。それらを測ることで、『非利用価値』に対する支払いのメカニズムにつなげていくことができるのではないでしょうか」
三浦半島城ヶ島の磯焼け防止対策
三浦半島城ヶ島の磯焼け防止対策

湧口教授は、学生たちの協力を得ながら、さまざまな商品開発を行なっている。活動の範囲は、大学の連携地域の食材を使ったホテルのレストランのフェア企画、過疎地域の活性化など、多岐にわたる。写真は、三浦半島城ヶ島の磯焼け防止対策として取り組んだアイゴの燻製や干物を漁協や学園祭で販売する様子。

カワウソから考える
動物園や水族館の経済学

――ところで、湧口教授は無類のカワウソ好きとお聞きしました。

2011年にシンガポールの動物園を訪れた際、ちょうどスコールに遭ってしまい、雨宿りをしたのがカワウソの展示場の前でした。雨が止むまでカワウソたちの様子を見ていると、非常に興味をそそられました。とても可愛いですし、好奇心旺盛です。また、家族単位で行動していることもわかりました。帰国後、日本でもカワウソに再会したいと動物園や水族館に足を運ぶようになり、今ではカワウソの“追っかけ”になっています。見ていると本当に飽きることがありません。

――カワウソの観察から、動物園や水族館の問題にも取り組んでおられるそうですね。

国内のさまざまな動物園、水族館を訪れると、施設によってカワウソの飼育環境に違いがあり、それは動物園や水族館の経営問題ともつながっていました。私たちは、施設を利用する対価として入園料を支払いますが、それだけでは経営が厳しいという施設は少なくないのです。

しかし、実は動物園や水族館には、お客さんが面白いと感じ「もっと料金を支払ってもいい」と思う要素がたくさんあります。例えば、カワウソ握手会もその一つです。有料で餌やりや触れ合いができるというものですが、1人数百円の料金がかかっても募集枠はすぐに満員になります。このように、お客さんが入園料以上に支払ってもいいと思っているのに、多くの施設はそれを取りそびれているのです。それでいて施設の経営が苦しい、資金がないから飼育環境を改善できないというのはもったいないですし、飼育されている動物たちのためにもなりませんよね。

この「取りそびれている部分」に対して、どのように喜んで支払ってもらえるようにするかということが、先ほどの「社会的に価値はあるけれど、赤字だからできない」という問題の解決につながるのではないかと考えています。

相模女子大学人間社会学部 湧口 清隆 教授
湧口教授のご自宅には40点以上のカワウソのぬいぐるみがあるとか。「カワウソは家族愛の強い動物。引き離すのは可哀想ですから、普段は外に連れて出ないんですよ」と、楽しそうに話してくれた。

「人材発掘がうまい」と言われる
助成・表彰事業であってほしい

――KDDI財団の助成・表彰事業の審査委員をされています。審査の際に特に注目するのは、どのようなところですか?

助成事業の審査については、申請者がどのくらい意欲的に取り組んでいるのかを重視しています。「これをやって終わり」ということではなく、その先のグランドデザインを描いた上で、「なぜ、今、これがしたいのか」が熱く語られているかどうか。その強い意志を見たいというところがあります。

表彰事業では、すでに研究として出来上がっているものを審査しますが、特に重視するのは社会にどれだけ影響を及ぼしているかという点です。ただ、社会的な注目度はさほど高くない研究でも、価値のあるものはたくさんあります。そういったものも大切にしていきたいとも考えています。その意味で、本賞以外に貢献賞や業績賞などを設け、研究を知名度だけに偏らずに評価できる表彰事業の仕組みはとてもよいと思います。

――審査委員を務めてよかったこと、苦労したことなどはあるのでしょうか。

よかったと思うことは、自分の専門分野だけではなく、さまざまな研究テーマに触れられることです。ジャンルを超えて新たな発見や可能性を感じることができ、私自身も刺激を受けています。また、助成事業の申請書を読んでいると、自分が修士の時にここまでしっかりとグランドデザインを描いていただろうかと感じることがあります。私ももっと研究を進めていかなければいけないと、奮い立たされる思いがします。

一方、審査委員として大変だと思うことは、表彰事業の選定です。受賞者を絞っていく時、異なる分野の研究を比較していくのは難しい作業です。自分なりに尺度を決めていても非常に悩みます。それに申請書の中には、そこに書かれた内容だけでは研究の全容が読み解けないものもあります。書き方次第でもっと評価が上がるのに、それを伝えられていない歯がゆさを感じることもあります。

――今後のKDDI財団の助成・表彰事業に、どのようなことを期待されますか。

助成・表彰事業で大賞を選考しようとすると、どうしても著名な人や社会的インパクトの大きな人に目が向けられてしまいます。しかし、5年後、10年後に活躍しそうな人材に目を向けた賞になっていると、さらに面白さが出てくるのではないでしょうか。「KDDI財団の助成・表彰事業は、人材発掘がうまいよね」と言われるような形にできるといいですよね。委員長をはじめ審査委員の皆さんも、そういう部分をうまく出していけるように考えておられると思いますが、私も選ぶ側として少しでも貢献することができればと考えています。

相模女子大学人間社会学部 湧口 清隆 教授
「20代半ばの人たちがここまで頑張っているのに、その倍の年齢の自分は今のままで大丈夫か。審査をしながら大きな刺激を受けています」
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